Prism Times 37号
Prism Times 37号 2011年10月1日
【 Lucky is Happy Happy is Lucky 】
「抗がん剤治療、旅、録音」
大腸がんの手術入院を終え、7月後半からの西日本の旅も無事に終えた。
旅の途中で知人からは同じように手術を行い、抗がん剤治療で苦しんだ経験の人達の話で脅されたりした。
8月26日に旅後の体調検査を済ませ抗がん剤を服用する事になった。
「4週間続けて1週間休む」このペースで約半年間の治療となる。
初めての事でもあり身体の具合を見ながらと言う事で
服用2週間後に検査に行った際には危険な数値は全く無く、
同じ薬を再度2週間続けたのである。
その間に9月の東北ツアー。
抗がん剤を服用しながら酒も普通に呑みながらの旅であった。
旅の最終日で薬の期間も終え、自宅で1週間のんびりと過ごし、
9月30日に県立医大病院にて検査。
なんと肝臓の数値が異常に高いのである。
「入院手前の数値」と言われてしまった。
旅先の十和田では薬局をやっている阿部ちゃんからは
「抗がん剤を呑みながら酒も飲んでるなんて幸せ者」と言われていたのだが。
旅先で酒の量を減らしはしなかったが、
これは自宅に居て晩酌で呑んでから検査した2週間前と条件は同じはずなのだが?
やはり茨城県での3日3晩の呑み続けが原因かと先生の前で懺悔しようと考えたのだが、
あっさりと「後遺症の現れですね」と先に言われてしまった。
そこで抗がん剤は休薬して肝臓の薬を処方されてしまった。
自覚症状として後遺症が現れなく10月の北海道の旅をキャンセルしたことを後悔していたのだが、
やはり目に見えない内臓の病気の事である、
用心をして正解だったと思うことにした。
遅れている30周年記念の2枚組CDの録音を頑張ることにしよう。
旅の合間を見つけては進めていたが、
10月は遅れを取り返す良いチャンスである。
季節も良くなっている。思えば10月の時期に録音をするのは初めてである。
通常のデモテープ録音と違い本格的な録音は寒い時期か暑い時期。
長い旅のない時期だけであった。
30年の旅生活で初めてである。
まるまる1カ月以上、自ら旅を休みにしたのは。
これも地震後の前向きな考え方になった為だろう。
すべて良い方向に考えるようしている。
今回のアルバムは少し特殊である。
通常の記念アルバムまたはベスト盤などは既に発表している曲をそのままの音源で並べ替えてアルバムに入れ直すのであろうが、
今回の僕のアルバムは手直しを加えての曲に仕上げようと思う。
どうしても変更の出来ない曲はマスタリングをやり直し、
ボーカルの入れ替えの出来る曲は録り直し、ギター等、その他の楽器も録り直しをしてみようと思う。以前のベーシックな音源に今の僕を重ねる作業である。
また以前の曲を全く新しく録音し直す曲もあれば、
初めて録音する曲もある。
しかし困ったこともある。
若いころの録音で録り直しの不可能な曲があまりにも音が悪いのだ。
以前に茨城県の伊藤棟梁の助けで少しは改善されたが、
それでも他の楽曲と比較すると格段に見劣りするのである。
困った、全く困った。
まぁ、若い頃の無知と笑えないこともないが。
でも手直しで録り直す音には福知山市の奥野康弘先輩のバンジョー、
岡山県津山市の奥村シンちゃんのボサノバギター等、
他にも新しく加わってくれるメンバーの音もある。
30周年記念アルバムとして派手な事はしたくないが、
節目としての納得のアルバムにはしたいと思っている。
福井県の今尾さんからは今回の録音の為にコンデンサーマイクを3本も送ってもらった。
名産の鯖寿司も同封してもらった。
この今尾さんとは幻のデビュー曲「祭りの夜の通り雨」の時からお世話になりっぱなしだ。
長い間、こうして僕の事を心配してくれる人がいるのは有り難いと感謝している。
「Lucky is Happy Happy is Lucky」これである。
30年間、音楽以外の事を考えないで過ごせたのは家内の真由美のお陰である。
彼女と一緒になれて二人の子供にイロイロと教えられ考えさせられながらも音楽一本の生活である。
幸運以外にない。
幸運と思えるのは幸せな事だ。
幸せだと感じられた時は奢り高ぶることなく、とにかく少しだけは幸運なのだ。
今は以前のように「隣の芝生はあまり気にならなくなった」
だって隣の芝生も放射能だらけなのだ。アラッ、違う。
貧乏でも今の僕は贅沢な男なのだ。
お気に入りの機材と多くの楽器と沢山の本に囲まれて毎日、笑顔なのだ。
それに旅先には僕の演奏を待っていてくれる友人達もいる。
【 Lucky is Happy Happy is Lucky 】
「抗がん剤治療、旅、録音」
大腸がんの手術入院を終え、7月後半からの西日本の旅も無事に終えた。
旅の途中で知人からは同じように手術を行い、抗がん剤治療で苦しんだ経験の人達の話で脅されたりした。
8月26日に旅後の体調検査を済ませ抗がん剤を服用する事になった。
「4週間続けて1週間休む」このペースで約半年間の治療となる。
初めての事でもあり身体の具合を見ながらと言う事で
服用2週間後に検査に行った際には危険な数値は全く無く、
同じ薬を再度2週間続けたのである。
その間に9月の東北ツアー。
抗がん剤を服用しながら酒も普通に呑みながらの旅であった。
旅の最終日で薬の期間も終え、自宅で1週間のんびりと過ごし、
9月30日に県立医大病院にて検査。
なんと肝臓の数値が異常に高いのである。
「入院手前の数値」と言われてしまった。
旅先の十和田では薬局をやっている阿部ちゃんからは
「抗がん剤を呑みながら酒も飲んでるなんて幸せ者」と言われていたのだが。
旅先で酒の量を減らしはしなかったが、
これは自宅に居て晩酌で呑んでから検査した2週間前と条件は同じはずなのだが?
やはり茨城県での3日3晩の呑み続けが原因かと先生の前で懺悔しようと考えたのだが、
あっさりと「後遺症の現れですね」と先に言われてしまった。
そこで抗がん剤は休薬して肝臓の薬を処方されてしまった。
自覚症状として後遺症が現れなく10月の北海道の旅をキャンセルしたことを後悔していたのだが、
やはり目に見えない内臓の病気の事である、
用心をして正解だったと思うことにした。
遅れている30周年記念の2枚組CDの録音を頑張ることにしよう。
旅の合間を見つけては進めていたが、
10月は遅れを取り返す良いチャンスである。
季節も良くなっている。思えば10月の時期に録音をするのは初めてである。
通常のデモテープ録音と違い本格的な録音は寒い時期か暑い時期。
長い旅のない時期だけであった。
30年の旅生活で初めてである。
まるまる1カ月以上、自ら旅を休みにしたのは。
これも地震後の前向きな考え方になった為だろう。
すべて良い方向に考えるようしている。
今回のアルバムは少し特殊である。
通常の記念アルバムまたはベスト盤などは既に発表している曲をそのままの音源で並べ替えてアルバムに入れ直すのであろうが、
今回の僕のアルバムは手直しを加えての曲に仕上げようと思う。
どうしても変更の出来ない曲はマスタリングをやり直し、
ボーカルの入れ替えの出来る曲は録り直し、ギター等、その他の楽器も録り直しをしてみようと思う。以前のベーシックな音源に今の僕を重ねる作業である。
また以前の曲を全く新しく録音し直す曲もあれば、
初めて録音する曲もある。
しかし困ったこともある。
若いころの録音で録り直しの不可能な曲があまりにも音が悪いのだ。
以前に茨城県の伊藤棟梁の助けで少しは改善されたが、
それでも他の楽曲と比較すると格段に見劣りするのである。
困った、全く困った。
まぁ、若い頃の無知と笑えないこともないが。
でも手直しで録り直す音には福知山市の奥野康弘先輩のバンジョー、
岡山県津山市の奥村シンちゃんのボサノバギター等、
他にも新しく加わってくれるメンバーの音もある。
30周年記念アルバムとして派手な事はしたくないが、
節目としての納得のアルバムにはしたいと思っている。
福井県の今尾さんからは今回の録音の為にコンデンサーマイクを3本も送ってもらった。
名産の鯖寿司も同封してもらった。
この今尾さんとは幻のデビュー曲「祭りの夜の通り雨」の時からお世話になりっぱなしだ。
長い間、こうして僕の事を心配してくれる人がいるのは有り難いと感謝している。
「Lucky is Happy Happy is Lucky」これである。
30年間、音楽以外の事を考えないで過ごせたのは家内の真由美のお陰である。
彼女と一緒になれて二人の子供にイロイロと教えられ考えさせられながらも音楽一本の生活である。
幸運以外にない。
幸運と思えるのは幸せな事だ。
幸せだと感じられた時は奢り高ぶることなく、とにかく少しだけは幸運なのだ。
今は以前のように「隣の芝生はあまり気にならなくなった」
だって隣の芝生も放射能だらけなのだ。アラッ、違う。
貧乏でも今の僕は贅沢な男なのだ。
お気に入りの機材と多くの楽器と沢山の本に囲まれて毎日、笑顔なのだ。
それに旅先には僕の演奏を待っていてくれる友人達もいる。
"Prism Times 37号 " へのコメントを書く